「内定を出した後で『やっぱりこの人は…』と感じたとき、取り消せるのか」「試用期間中だから自由に解雇していいのか」、人事や採用を担当していると、こういう悩みが必ず出てきます。
結論を先に書いておくと、内定も試用期間も、すでに労働契約は成立しています。だから「自由に取り消し・解雇できる」というわけにはいきません。ただし、普通の解雇よりは認められる範囲が広い、というのが法的な扱いです。
私も、試用期間中の人がどうしても合わず「もう辞めてもらえないか」と思いつつ、法的なリスクがわからなくて社労士さんに泣きついた記憶があります。
この記事では、内定取消・試用期間中の解雇まわりの基本ルール、よくあるケースのQ&A、判例の境界線、トラブル発生時の対応手順までまとめました。採用後のミスマッチで困っている人事・採用担当の方の判断材料として参考にしてください。
内定取消・試用期間解雇まわりのトラブル全体像
具体的なQ&Aに入る前に、トラブルの全体像をつかんでおきます。
「採用したけど合わなかった」3つのパターン
採用後のミスマッチは、発覚するタイミングで3つに分かれます。
- ① 内定後・入社前に問題が判明したケース(経歴詐称・SNS問題・業績悪化など)
- ② 試用期間中に問題が判明したケース(能力不足・勤務態度不良・適性なし)
- ③ 本採用後に問題が判明したケース(通常の解雇ルールが適用)

本記事では①と②を扱います。③は通常の解雇問題なので、別途整理が必要ですね。
どこに法的リスクが潜んでいるか
内定取消・本採用拒否がトラブルになると、会社側はだいたいこんなリスクを負います。
【主なリスク】
① 解雇無効を主張されて地位確認訴訟を起こされる
② 解雇期間中の賃金支払い(バックペイ)
③ 慰謝料・損害賠償の請求
④ 新卒の場合は会社名の公表(厚労省の制度)
⑤ 労使トラブルで他の従業員の士気低下
「ちょっと合わない」程度で取消・解雇に踏み切ると、後から大きな代償を払うことがあります。
人事・採用担当の悩み
こんな悩みを持っている方を想定して書いています。
- 内定を出した後で、その人を採用していいのか不安になってきた
- 試用期間中の社員のパフォーマンスが想定より低くて困っている
- 採用面接時の発言と実際が違っていて、信頼関係が崩れている
- 業績悪化で内定者の受け入れが厳しくなっている
前提:内定も試用期間も「労働契約」が成立している
Q&Aに入る前に、内定と試用期間の法的な位置づけを押さえます。ここがブレると判断ミスにつながります。
内定の法的性質「始期付解約権留保付労働契約」(大日本印刷事件)
採用内定の段階で、すでに労働契約は成立しています。これを「始期付解約権留保付労働契約」と呼びます。最高裁の大日本印刷事件(昭和54年7月20日判決)で確立されたルールです。
【用語の意味】
・始期付:就労の始まりが「入社日(例:4月1日)」と決まっている
・解約権留保付:内定取消事由に該当する場合、会社に解約する権限が留保されている
つまり、内定段階で労働契約はもう発効していて、「取り消す」というのは法的には解雇と同じ意味になります。簡単には取り消せないのは、こういう理由ですね。
試用期間の法的性質「解約権留保付労働契約」(三菱樹脂事件)
試用期間中も、本採用後と同じく労働契約は成立しています。こちらは「解約権留保付労働契約」と呼ばれます(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年12月12日判決)。
違いは、試用期間中は通常より広い範囲で解約権が認められるという点。「採用してみたら適性がない」「実際に働かせてみたら能力が足りない」という、試用期間ならではの事情で解雇しやすくなっています。
どちらも普通の解雇より「広め」だが「自由」ではない

誤解されがちなのが、「内定取消や試用期間中の解雇なら自由にできる」という考え方です。これは違います。
内定取消・本採用拒否ともに、労働契約法第16条の解雇権濫用法理が適用されます。「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ無効になる、というルールです。
許容範囲が普通の解雇より広いだけで、「自由」とは違うんですね。
ケース別Q&A:内定取消編
ここからは、よくある具体的なケースをQ&A形式で見ていきます。まず内定取消編から。
Q1. 業績悪化を理由に内定を取り消せる?
結論:原則として無効になりやすいです。
業績悪化での内定取消は、いわゆる整理解雇の4要件(人員削減の必要性・解雇回避努力・人選の合理性・手続きの相当性)が問われます。インフォミックス事件(東京地決平成9年)でも、経営悪化での内定取消は誠実性や代替策の欠如から無効と判断されました。
取り消す前に、出社時期の繰り下げ、配属先の変更、他社への斡旋などの代替策を検討した上で、本人と十分に話し合うことが必要です。
Q2. 経歴詐称が発覚した場合は内定取消できる?
結論:経歴詐称の内容・程度による。
経歴詐称が「採用判断を左右する重要な事項」だった場合は、内定取消が有効になりやすいです。たとえば、必須資格を持っていると申告していたのに実は持っていなかった、というケースですね。
一方、軽微な詐称(前職の役職を少し盛っていた程度など)では、解約権の濫用と判断される可能性があります。経歴詐称が「内定当時に知ることができなかった重要事実」に該当するかが判断の分かれ目です。
Q3. SNSで会社の悪口を投稿していたら?
結論:投稿内容と影響範囲による。
会社の信用を毀損するような明確に悪意ある投稿(実名で会社名を出して誹謗中傷など)は、内定取消の正当事由になり得ます。一方、プライベートな愚痴レベルだと取消は難しいです。
判断するときは、「実名・社名を出しているか」「事実と異なる中傷か」「閲覧可能な範囲」「投稿の時期」などを総合的に見る必要があります。SNS関連は感情的に取り消すと無効になりやすいので、慎重に進めるところですね。
Q4. 新卒の内定取消はハローワーク通知が必要?
結論:必須です。
新規学校卒業者の採用内定を取り消す場合、職業安定法施行規則第35条第2項により、ハローワークと学校長に事前通知する義務があります。所定の様式(採用内定取消通知書)で報告が必要です。
さらに、合理的な理由がない取消や、対象人数が多い場合などには、厚生労働省が会社名を公表する制度があります。新卒の内定取消は社会的影響が大きいので、特に慎重な対応が求められます。
Q5. 内々定はどこまで保護される?
結論:正式な労働契約までは至らないが、信義則違反による損害賠償リスクはある。
内々定の段階では、まだ正式な労働契約は成立していないと考えられます。ただし、コーセーアールイー事件(福岡高判平成23年)では、内々定取消に対して信義則違反による慰謝料が認められました。
「内々定だから自由に取り消せる」という安易な判断は危険です。誠実な説明と理由提示が必要なところですね。
ケース別Q&A:試用期間中の解雇・本採用拒否編
続いて、試用期間中の解雇・本採用拒否のQ&Aです。
Q6. 試用期間中なら自由に解雇できる?
結論:違います。普通の解雇より「広め」なだけ。
試用期間中は通常より広い範囲で解雇が認められますが、客観的合理的理由と社会通念上の相当性は依然として必要です。「試用期間だから」を理由に手続きを省略すると、解雇無効になりやすいです。
「採用当初には知ることができなかった事実」が試用期間中に判明し、引き続き雇用しておくのが適当でない場合に限り、本採用拒否は相当だとされます。
Q7. 「能力不足」を理由に本採用拒否できる?
結論:抽象的な「能力不足」だけでは難しい。
「能力不足」「適性なし」を理由にする場合、次のような事実関係が問われます。
- 具体的に「どの水準」に達していないのか
- その水準の判断方法は妥当か
- 改善のためにどのような指導をしたか
- 改善の可能性はないのか
- 本採用拒否の時期は適切か
これらが揃って初めて本採用拒否が有効になります。指導の記録が残っていないと、ほぼ確実に無効と判断されます。試用期間中は意識的に指導記録を残しておくのが重要です。
Q8. 試用期間を延長できる?
結論:原則として就業規則に延長規定がある場合に限り可能。
就業規則に試用期間延長の規定がある場合、「適性判断のために必要な期間」として延長できることがあります。ただし、無限に延長することは認められず、合理的な範囲(通常は3か月〜半年の範囲内)で1回程度が限度とされています。
就業規則に規定がない場合は、本人の同意を得て延長することになります。これも勝手に延長はできないので注意ですね。
Q9. 試用期間中の解雇予告は必要?
結論:14日を超えた時点から必要。
労働基準法第21条で、試用期間中は「14日以内」であれば解雇予告手当(30日分の平均賃金)が不要とされています。逆に言うと、14日を超えると通常の解雇と同じく30日前の予告か予告手当が必要になります。
14日以内の解雇でも、解雇の合理性自体は問われます。「予告がいらないから合理性も不要」という意味ではありません。
Q10. 勤務態度不良で試用期間中に辞めてもらいたい
結論:勤務態度の不良が客観的に証明できれば可能。
「勤務態度不良」は本採用拒否の正当事由になり得ますが、客観的な証拠が必要です。雅叙園観光事件では、周囲との悶着が絶えなかった等の事実があり、就業規則の解雇事由「就業態度が著しく不良で他に配置転換の見込みがない」に該当するとして、解雇が有効とされました。
逆にテーダブルジェー事件では、「会長に声を出して挨拶しなかった」という理由が社会通念上の相当性を欠くとして、解雇が無効とされています。程度がすごく重要なところです。
内定取消・本採用拒否の判例から見える境界線
主要な判例を整理して、有効・無効の境界線をつかんでおきます。
大日本印刷事件(最判昭和54年7月20日)
採用内定の法的性質を確立した最高裁判決です。「グルーミー(陰気)な印象」を理由とした内定取消について、客観的合理性と社会通念上の相当性を欠くとして無効と判断されました。
感覚的な印象論では取消できない、というのが重要なポイントです。
テーダブルジェー事件(東京地判平成13年2月27日)
「会長に声を出して挨拶しなかった」という理由での本採用拒否を無効とした判例。社会通念上の相当性を欠くと判断されました。
礼儀・態度を理由にする場合は、よほどの程度(職務に支障をきたすレベル)でないと有効にならない、ということですね。
雅叙園観光事件(東京地判昭和60年11月20日)
就業態度不良で本採用拒否が有効とされた判例。周囲との悶着が絶えなかった等、就業規則の解雇事由に明確に該当する事実があったことが評価されました。
「就業規則の解雇事由に書かれていること」「具体的な事実があること」がポイントです。
インフォミックス事件(東京地決平成9年10月31日)
経営悪化を理由とした内定取消が無効とされた判例。誠実性の欠如と労働者の不利益の大きさから、相当性がないと判断されました。
業績悪化での内定取消は、代替策の検討・誠実な説明・損失補償などをしないと厳しい結果になります。
判例から見える境界線
判例を並べると、有効・無効の境界線が見えてきます。
| 有効になりやすいケース | 無効になりやすいケース |
|---|---|
| 具体的な事実(業務に支障)がある | 感覚的な印象・抽象的な理由 |
| 指導の記録が残っている | 改善の機会を与えていない |
| 就業規則の解雇事由に該当する | 就業規則に書かれていない事由 |
| 本人と話し合いの機会を設けた | 突然の通告で説明がない |
| 代替策を検討した上での取消 | 会社都合のみで一方的 |

トラブルが起きそうな時の対応手順
「この人を本採用したくない」「内定を取り消したい」と感じたとき、感情的に動かず、次の手順で進めるのが安全です。

まず、「なぜ取消・解雇したいのか」を客観的な事実として文書化します。いつ・どこで・どんな問題があったか、上司・同僚の証言、業務上の支障の具体例を時系列で整理します。
感覚的な印象や、性格的な好き嫌いは記録の根拠にならないので、「業務上どんな支障があったか」を中心にまとめるのがポイントです。
次に、内定通知書・労働契約書・就業規則・入社誓約書を確認します。事実関係が、これらに書かれた「内定取消事由」「解雇事由」のどれに該当するかを照合します。
もし該当する条文がない場合、その事由での取消・解雇は難しいと考えた方がいいです。
解雇通告に走る前に、本人と十分に話し合います。事実を伝え、本人の認識を聞き、改善の余地があるかを探ります。
改善が難しい場合は、合意退職(退職届の自発的提出)を模索するのが現実的なケースが多いです。一方的な解雇に比べて、双方にとってリスクが少なくなります。話し合いの内容は議事録として残しておくと安心です。
本人との話し合いがまとまらない、または会社側のリスクが大きいと判断した場合は、社労士・弁護士に相談します。
「この事由で解雇したら勝てるか」「いくらの解決金が妥当か」「合意退職の進め方」など、ケースバイケースの判断は専門家に任せるのが安全です。
最終的に解雇に踏み切る場合は、解雇通知書(理由を具体的に記載)を準備し、解雇予告手当の支払いを行います。
試用期間14日以内ならば予告手当不要ですが、14日を超えた場合は30日前の予告か30日分の平均賃金支払いが必要です。新卒内定取消の場合はハローワーク・学校長への通知も忘れないようにします。
専門家・公的窓口への相談先
判断に迷ったら、無理に自社内で進めず、外部の専門家・公的窓口に相談するのが結局は近道です。
弁護士(労働事件専門)
解雇の有効性判断、訴訟リスクの評価、解決金額の交渉などは、使用者側の労働事件を扱う弁護士に相談するのが確実です。事前相談だけでも数万円〜10万円程度で受けられます。
社会保険労務士
就業規則の整備、解雇手続きの実務、労働基準監督署対応などは社労士の領域です。顧問契約していれば、こうした相談も含まれていることが多いので、まず顧問社労士に相談するのが現実的ですね。
労働局・労働基準監督署
都道府県労働局では、個別労働紛争のあっせん制度や、総合労働相談コーナーで無料相談を受け付けています。本人から労基署に申告が入った場合の対応相談にも乗ってもらえます。
ハローワーク(新卒内定取消の場合)
新卒の内定取消が発生する場合、所定様式での通知が必須です。ハローワークの「新卒者内定取消等特別相談窓口」が全国に設置されているので、不明点はそこに問い合わせます。
再発防止:採用後のトラブルを減らす運用
そもそもこういうトラブルが起きにくい運用を作っておくのが、長期的には一番ラクです。
試用期間中の評価基準を明文化
試用期間中に「何ができていれば本採用、何ができていなければ拒否か」を、就業規則や採用関連の社内規程に明文化しておきます。評価基準が事前に決まっていると、判断のブレが減り、トラブル時の根拠としても使えます。
中間面談・指導記録を残す
試用期間中は最低でも月1回の中間面談を設定し、評価・指導内容を記録します。「指導したのに改善されなかった」が客観的に証明できると、本採用拒否の正当性が認められやすくなります。
面談のたびに「いま何ができていて、何が足りないか」をフィードバックしておけば、本人にも改善のチャンスを与えられます。
内定通知書に解約事由を具体的に記載
内定通知書(または採用通知書)に、内定取消事由を具体的に書いておくことが重要です。「次の各号のいずれかに該当した場合は内定を取り消す」として、提出書類の虚偽記載・卒業できなかった場合・健康状態の重大な変化・反社会的勢力との関係などを列挙しておきます。
書かれている事由に該当した場合の取消は、合理性が認められやすくなります。
採用面接で確認すべきポイント
採用段階で、後でトラブルになりやすい点を確認しておきます。
- 業務に必要な資格・経験の有無(必要なら証明書を提示してもらう)
- 前職での退職理由
- 入社後の業務内容・勤務条件への納得
- 健康面で業務に支障があるかどうか(医療情報の聞き方は要注意)
確認した内容は記録に残し、面接時の発言と実際が異なる場合の判断材料にします。
まとめ
内定取消・試用期間中の解雇まわりのポイントをおさらいします。
- 内定段階で労働契約は成立(始期付解約権留保付労働契約)
- 試用期間中も労働契約は成立(解約権留保付労働契約)。普通の解雇より広めだが「自由」ではない
- 客観的合理性と社会通念上の相当性が必要(労働契約法第16条)
- 「能力不足」を理由にするには指導の記録が必須
- 業績悪化での内定取消は代替策の検討と誠実な対応が必要
- 新卒の内定取消はハローワーク・学校長への通知が必須。会社名公表のリスクもある
- 14日を超える試用期間中の解雇は予告手当が必要
- 判断に迷ったら社労士・弁護士・労働局に相談
結局のところ、感覚で動かず、就業規則と判例の枠組みで判断するのが安全です。試用期間中の指導記録を残す、内定通知書に取消事由を具体的に書く、こういう運用面の準備が一番のトラブル防止になると思います。



