前編では、給与計算ソフト・サービスの入替を検討する背景から、情報収集、比較検討、そして新サービスの決定までの流れをご紹介しました。後編となる本記事では、新サービスが決定した後の契約から、環境構築、データ移行、従業員への周知、そして本格運用開始までの実務的な流れと、筆者が実際に経験した想定外の問題点や苦労した点をお伝えします。
給与計算ソフトの入替は、単にシステムを変えるだけではありません。従業員への周知、データの移行、新しい操作方法の習得など、多くの作業が発生します。この記事が、これから入替を検討される方の参考になれば幸いです。
前編の記事は「こちら給与計算ソフト・サービスの入替のやり方と問題点のまとめ~前編(導入ソフト・サービスを決定するまで)~」

サービス決定から運用開始までの全体の流れ
まずは、新サービスの決定から本格運用開始までの全体像を把握しておきましょう。筆者の場合、給与奉行i11(インストール型)から給与奉行クラウドへの移行でしたが、おおむね以下のような流れで進みました。
| フェーズ | 主な作業内容 | 目安期間 |
|---|---|---|
| 契約・発注 | 見積確認、契約締結、初期費用の送金 | 1〜2週間 |
| 納品・環境構築 | アカウント発行、初期設定、連携設定 | 2〜4週間 |
| 操作指導 | 代理店によるリモート指導、操作習得 | 1〜2回(計2〜5時間) |
| 試験運用 | 並行運用、データ検証、問題点の洗い出し | 1〜3ヶ月 |
| 本格運用開始 | 旧システム停止、新システムへ完全移行 | ― |
契約・発注・送金
新サービスが決定したら、まずは正式な契約手続きを行います。代理店から見積書を受け取り、内容を確認した上で発注書を提出します。クラウドサービスの場合、初期費用と月額利用料が発生することが一般的です。
筆者の場合、環境構築費用が1社あたり数十万円かかるプランもありましたが、代理店の指導を受けながら自身で設定を行う方針を選択し、コストを抑えました。ただし、その分自分で対応する範囲が広くなるリスクもあります。
納品・環境構築
契約完了後、クラウドサービスのアカウント情報が発行されます。環境構築では、主に以下の作業が必要になります。
- 管理ポータルへのログインと初期設定
- 法人情報・事業所情報の登録
- 利用者アカウントの作成と権限設定
- 給与明細電子化クラウド、年末調整クラウドなど関連サービスとの連携設定
- パスワードポリシー、ロックアウトポリシーの設定
給与奉行クラウドの場合、管理ポータルから各種設定が行えます。adminアカウントにはフルコントロール権限があり、利用者アカウントの編集やパスワードポリシーの設定が可能です。
操作指導(リモート)
環境構築後、代理店による操作指導を受けます。筆者の場合はリモートでの指導でしたが、同じ会社のインストール型からクラウド型への移行だったため、データ変換量も少なく1回(約2時間)で終了しました。
ただし、全く別の会社のソフトへの移行の場合は、データ形式の違いや設定項目の差異が大きく、数ヶ月から1年近くかかる場合もあります。移行元と移行先のソフトが同じ会社かどうかで、移行の難易度は大きく変わります。
試験運用開始
操作指導を受けた後は、試験運用期間に入ります。この期間では、旧システムと新システムを並行して稼働させ、計算結果に差異がないかを確認します。
【並行運用のポイント】
並行運用期間中は、以下の点を重点的に確認しましょう。
- 給与計算結果(総支給額、控除額、差引支給額)の一致
- 社会保険料、所得税、住民税の計算結果
- 汎用データ出力形式の確認(銀行振込データなど)
- 給与明細の表示内容
本格運用開始
試験運用で問題がないことを確認できたら、本格運用を開始します。一般的に、給与計算ソフトの切替タイミングは年末調整終了後の1月が最適とされています。これは、1月から12月までの給与データが1つのシステムに蓄積されている必要があるためです。
ただし、年の途中から移行する場合でも、当年中の給与・賞与データの合計額を新システムに受け入れることで年末調整を行うことは可能です。
想定していなかった問題
実際に移行作業を進めていく中で、事前に想定していなかった問題がいくつか発生しました。これから移行を検討される方は、ぜひ参考にしてください。
ライセンスの数え方がサービス内部で違う
最も戸惑ったのが、同じ会社のサービスであっても、ライセンスの数え方(消費方法)がサービスごとに異なる点でした。
| サービス | ライセンス消費の基準 | 注意点 |
|---|---|---|
| 給与奉行クラウド | 給与処理数 | 給与処理を行った人数でライセンスを消費 |
| 給与明細電子化クラウド | ログインできるID数 | 年間のログイン可能ID数で料金が決まる。超過時は代理店へ追加発注が必要 |
| 年末調整申告書クラウド | 年末調整処理数 | 年末調整を行った人数でライセンスを消費 |
例えば、給与明細電子化クラウドでは、社員情報の明細タブで「Web照会・メール配信」を「1:する」に設定した社員の数がライセンス消費にカウントされます。この仕組みを理解していないと、想定外の追加費用が発生する可能性があります。
クラウドにするとバックアップができない
インストール型のソフトでは、任意のタイミングでデータのバックアップを取ることができました。しかし、クラウド型では基本的にユーザー側でのバックアップ機能がありません。
給与奉行クラウドの場合、データの保存期間は「現在処理年+過去7年分」となっており、それより古いデータは参照できなくなります。クラウドサービス側でバックアップは行われていますが、ユーザーが自由にバックアップファイルをダウンロードして保管するといった運用はできません。
【移行前の重要ポイント】
クラウドへ移行する前に、必ず旧システムのデータをバックアップしておきましょう。移行後は旧システムのデータを参照できなくなる可能性があります。
明細と年末調整クラウドのログインが別々
給与明細電子化クラウドと年末調整申告書クラウドは、同じ会社のサービスでありながらログインURLが異なり、パスワードの共通化もできません。従業員にとっては、それぞれ別のID・パスワードを管理する必要があり、混乱の原因となりました。
従業員への案内では、「給与明細を見るときはこちらのURL」「年末調整の申告はこちらのURL」と、それぞれ分けて説明する必要があります。
ログインID運用の違いに戸惑う
筆者の組織では、これまで社員番号をログインIDとして運用してきました。しかし、給与奉行クラウドではメールアドレスをログインIDとする運用が中心として設計されており、マニュアルや操作ガイドもメールアドレスベースの説明が多い状況でした。
メールアドレス運用に切り替えるためには、全従業員のメールアドレスを収集する必要があります。しかし、これが想像以上に大変でした。
- 過去に収集したメールアドレスの資料を探す作業に時間がかかった
- 現在もそのメールアドレスが有効かどうか確認が必要だった
- LINEやSNSでのやり取りが主流の時代、そもそもメールアドレスを持っていない(または日常的に使っていない)従業員も少なくなかった
結局、メールアドレス運用への切り替えは断念し、従来通り社員番号をログインIDとして使用する形で運用を続けることにしました。システムの想定する運用と、自社の実態との乖離は、事前に確認しておくべきポイントです。
想像はしてたけど思ったより大変だったこと
ある程度覚悟はしていたものの、実際にやってみると想像以上に大変だったことをご紹介します。
データ変換(コンバート)作業
同じ会社のインストール型からクラウド型への移行でも、データ変換作業は発生します。筆者の場合、コンバート自体は問題なく完了しましたが、コンバート後に必要な追加作業がありました。
具体的には、「汎用データ受入形式」の再設定が必要でした。旧システムで使用していたデータ受入形式は、クラウド版ではそのまま使えないため、改めて設定し直す必要があります。給与データの取り込みに使用していたCSVフォーマットなども、再度設定が必要でした。
従業員へのURL案内・周知
従業員への周知作業は、想像以上に手間がかかりました。具体的に行った作業は以下の通りです。
- 案内文書の作成(給与明細用、年末調整用それぞれ)
- 各事業所への張り紙作成
- ID・仮パスワードの一覧表作成と配布準備
- メールでの案内送信
- 問い合わせ対応
特に、メールアドレスを持っていない従業員への対応が課題でした。給与奉行のヘルプページには、「ポータルサイトや紙で必要情報(ログインURL、OBCiD、パスワード)を告知する」「自身のアドレスに利用開始通知メールを送り、印刷して従業員に渡す」といった方法が案内されています。
自分でやる範囲が思ったより広い
環境構築費用を抑えるために「代理店の指導を受けながら自社で設定する」方針を選択しましたが、自分で対応する範囲が思った以上に広かったのが正直な感想です。
操作指導は基本的な流れを教えてもらえますが、自社の運用に合わせた細かい設定は自分で調べながら進める必要があります。ヘルプページや操作マニュアルを読み込む時間も考慮しておく必要があります。
環境構築費用を払って代理店に設定を任せるか、自分で設定してコストを抑えるかは、自社のリソースと照らし合わせて判断することをお勧めします。
想定通り、むしろ楽だったこと
大変なことばかりではありません。想定通り、あるいは想定以上に楽だったこともありました。
操作動画が充実していてわかりやすい
給与奉行クラウドでは、操作方法を解説した動画が充実しています。文字だけのマニュアルよりも理解しやすく、初めての操作でも画面を見ながら進められるのは非常に助かりました。
また、従業員向けの操作マニュアル(給与明細の確認方法など)もダウンロードできるため、周知用の資料作成の手間が省けました。
法改正対応が自動
クラウド型の大きなメリットの一つが、法改正への対応が自動で行われる点です。健康保険料率や厚生年金保険料率の変更、労働保険料率の変更なども、自動でアップデートされます。
インストール型では、法改正のたびにアップデートプログラムを適用する作業が必要でしたが、その手間がなくなったのは大きなメリットです。
転職経験者など他社システムに慣れた従業員は適応が早い
給与明細の電子化や年末調整システムは、各社とも法律に沿って作られているため、基本的な機能に大きな違いはありません。そのため、転職経験があり他社のシステムを使ったことがある従業員は、すぐに新システムに適応してくれました。
「前の会社でも同じようなシステムを使っていた」という従業員が多く、操作方法の問い合わせも想定より少なく済みました。
従業員への周知方法と同意取得
給与明細の電子化にあたっては、法律上の要件を満たす必要があります。ここでは、法的な背景と具体的な周知方法を解説します。
給与明細電子化の法的要件(所得税法231条)
給与明細の電子化は、所得税法第231条に基づき、従業員の承諾を得た場合に認められています。2007年1月1日以降、一定の要件の下で書面による交付に代えて電子交付が可能となりました。
【参考】所得税法第231条(給与等の支払明細書)
居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その給与等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払を受ける者に交付しなければならない。この場合において、当該支払明細書に記載すべき事項を電磁的方法により提供することができる(従業員の承諾を得た場合に限る)。
また、令和5年度税制改正により、会社が定めた期日までに「同意する・しない」の回答がなかった場合は、同意したものとみなすことができるようになりました。この点も従業員への説明に含めておくとよいでしょう。
同意書の取得方法
同意書の取得方法には、主に以下の2つがあります。
| 方法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 書面での同意書 | 確実に同意を得られる。入社時に雇用契約書と一緒に取得可能 | 紙の管理が必要。途中から電子化する場合は別途取得が必要 |
| システム上での同意 | 初回ログイン時に承諾画面を表示し、効率的に同意取得が可能 | システムの対応が必要 |
同意書には、「給与明細書の電子交付について承諾する旨」「承諾日」「受給者氏名」の3点を必ず記載します。法的に定められた様式はありませんので、各社のテンプレートを参考に作成するとよいでしょう。
同意しない従業員への対応
電子化に同意しない従業員がいた場合は、従来通り紙の給与明細を交付する必要があります。また、一度電子化に同意した従業員でも、紙での交付を請求した場合は応じなければなりません。
同意を得られない主な理由としては、以下のようなものが考えられます。
- パソコンやスマートフォンを持っていない、または操作に不慣れ
- 紙で管理する習慣があり、電子化に抵抗がある
- セキュリティ面での不安がある
このような従業員には、電子化のメリット(いつでもどこでも確認できる、紛失リスクの軽減、過去データの遡及閲覧が可能など)を丁寧に説明し、理解を得るようにしましょう。それでも同意が得られない場合は、個別に紙での対応を継続します。
移行成功のためのチェックリスト
最後に、給与計算ソフトの移行を成功させるためのチェックリストをまとめました。
移行前の確認事項
- ☐ 旧システムのデータバックアップを取得した
- ☐ 新システムのライセンス体系(消費方法)を確認した
- ☐ ログインID運用方法(社員番号 or メールアドレス)を決定した
- ☐ 移行スケジュールを作成した
- ☐ 従業員への周知方法を計画した
- ☐ 給与明細電子化の同意取得方法を決定した
移行中の確認事項
- ☐ データコンバートが正常に完了した
- ☐ 汎用データ受入形式を再設定した
- ☐ 並行運用で計算結果の一致を確認した
- ☐ 銀行振込データの出力形式を確認した
- ☐ 給与明細の表示内容を確認した
移行後の確認事項
- ☐ 従業員が新システムにログインできることを確認した
- ☐ 給与明細が正しく公開されていることを確認した
- ☐ 旧システムの停止・解約手続きを行った
- ☐ 問い合わせ対応体制を整えた
よくある質問(Q&A)
Q1. 給与計算ソフトの移行にはどのくらいの期間がかかりますか?
A. 移行元と移行先のソフト、データ量、従業員数によって大きく異なります。同じ会社のインストール型からクラウド型への移行であれば1〜2ヶ月程度、全く別の会社のソフトへの移行であれば6ヶ月〜1年程度を見込んでおくとよいでしょう。
Q2. データ移行で消えてしまうデータはありますか?
A. 基本的に必要なデータは移行されますが、旧システム固有の設定(汎用データ受入形式など)は再設定が必要な場合があります。また、保存期間を超えた過去データは移行対象外となることがあります。移行前に必ず旧システムのバックアップを取得しておきましょう。
Q3. 従業員がログインできない場合はどうすればよいですか?
A. まず、入力しているID・パスワードが正しいか確認します。初期パスワードを忘れた場合は、管理ポータルから確認またはリセットが可能です。ロックアウトされている場合は、管理者がロック解除を行います。
Q4. 退職者のデータはどうなりますか?
A. 退職者は最終給与支給日の翌月からログインできなくなるのが一般的です。退職前に必要な給与明細をダウンロード・印刷しておくよう、退職手続きの際に案内しておくとよいでしょう。
Q5. 旧システムはいつまで使えますか?
A. 契約内容によりますが、並行運用期間中は両方のシステムを使用できます。本格運用開始後は、旧システムの解約手続きを行い、必要に応じてデータをエクスポートしておきましょう。
Q6. 給与明細電子化に同意しない従業員がいる場合は?
A. 同意しない従業員には、従来通り紙の給与明細を交付する必要があります。電子化のメリットを説明し、理解を得る努力をしつつ、同意が得られない場合は個別対応を継続します。
Q7. 移行のベストタイミングはいつですか?
A. 一般的に、年末調整終了後の1月が最適とされています。1月から新システムで給与計算を開始すれば、1年間のデータが新システムに蓄積され、次の年末調整をスムーズに行えます。
Q8. クラウド型のセキュリティは大丈夫ですか?
A. クラウドサービス提供者は、データの暗号化、脆弱性診断、システム攻撃テストなどを定期的に実施しています。自社サーバーで管理するよりも高いセキュリティレベルが確保されていることが多いです。ただし、パスワード管理やアクセス権限の設定は自社で適切に行う必要があります。
まとめ
給与計算ソフト・サービスの入替は、決して簡単な作業ではありません。しかし、事前に全体の流れを把握し、想定される問題点を認識しておくことで、スムーズな移行が可能になります。
- 移行前:旧システムのバックアップは必須。ライセンス体系やログインID運用の違いを事前に確認
- 移行中:並行運用期間を設け、計算結果の一致を確認。従業員への周知は丁寧に
- 移行後:問い合わせ対応体制を整え、トラブルに迅速に対応できる準備を
- 想定外の問題:ライセンスの数え方の違い、バックアップ不可、ログイン体系の違いなどに注意
- 楽だった点:操作動画の充実、法改正対応の自動化、他社経験者の適応の早さ
給与計算ソフトの入替を検討されている方は、本記事を参考に、計画的に移行を進めていただければ幸いです。