病気やメンタル不調で休職する場合、「有給休暇はもらえるのか?」という疑問を持つ方は少なくありません。実は、休職期間が有給休暇の付与にどう影響するかは、企業の就業規則によって大きく異なります。
本記事では、休職と有給休暇付与の関係について、法律の規定から実務上の取り扱いまで、詳しく解説します。
1. 有給休暇付与の基本ルール「出勤率8割要件」とは
1-1. 有給休暇が付与される2つの条件
年次有給休暇(有給休暇)は、労働基準法第39条で定められた労働者の権利です。有給休暇が付与されるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。
- 雇入れの日から6ヶ月間継続勤務していること
- その6ヶ月間の全労働日の8割以上出勤していること
労働基準法第39条では、「使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない」と規定されています。
1-2. 出勤率8割の計算式
出勤率の計算式は以下の通りです。
出勤率(%)= 出勤日数 ÷ 全労働日 × 100
出勤日数:実際に出勤した日数に加え、以下の日も含まれます。
- 年次有給休暇を取得した日
- 業務上の負傷・疾病により療養のため休業した日
- 産前産後休業、育児休業、介護休業を取得した日
- 生理休暇、子の看護休暇を取得した日
全労働日:労働者が労働契約上労働義務を課せられている日数のことで、一般的には総暦日数から就業規則等で定めた休日を除いた日数です。
1-3. 出勤率8割未満だとどうなる?
出勤率が8割に満たない場合、その期間に対する新たな有給休暇は付与されません。ただし、「8割以上」には「8割ちょうど」も含まれるため、出勤率が80.0%の場合は有給休暇の付与要件を満たしています。
重要なポイントは、出勤率が8割未満で有給が付与されなかった場合でも、継続勤務年数(勤続年数)はリセットされないということです。
2. 休職期間は出勤率の計算にどう影響する?
2-1. 休職期間の扱いは法律で明確に定められていない
厚生労働省のスタートアップ労働条件サイトによると、私傷病による休職期間の出勤率への算入方法については、法律で明確な定めがありません。
そもそも「休職」という制度自体が労働基準法上に定めがあるわけではなく、各企業が任意で設けている制度です。そのため、休職期間を出勤率の計算にどう反映させるかは、企業の就業規則によって異なります。
2-2. パターン①:休職を「欠勤」として扱う場合
休職期間を欠勤と同様に扱う方法です。この場合、休職期間は以下のように計算されます。
- 分母(全労働日):休職期間を含める
- 分子(出勤日数):休職期間を含めない
私傷病による休職期間が長期に及ぶと、出勤率が8割未満となり、有給休暇が付与されない可能性が高くなります。
【計算例】パターン①の場合
| 項目 | 日数 |
|---|---|
| 全労働日(分母) | 240日 |
| 実際の出勤日数 | 100日 |
| 有給休暇取得日 | 10日 |
| 私傷病休職期間 | 80日 |
| 出勤日数(分子) | 110日(100+10) |
| 出勤率 | 約45.8% |
| 結果 | 8割未満のため有給付与なし |
2-3. パターン②:休職期間を「分母・分子から除外」する場合
休職により労働義務そのものが免除されていると解釈し、休職期間を出勤率の計算から除外する方法です。
- 分母(全労働日):休職期間を除外
- 分子(出勤日数):休職期間を除外
社労士によると「私傷病による休職は、労働者の労働義務を免除している期間であるため、出勤率の算定においては『出勤日数』『全労働日』から除外する扱いが適切だと考えられます」といわれます。
また、労働基準監督署などでは後者(除外する方法)を推奨された事例もあります。
【計算例】パターン②の場合
| 項目 | 日数 |
|---|---|
| 全労働日(休職期間除く) | 160日(240-80) |
| 実際の出勤日数 | 100日 |
| 有給休暇取得日 | 10日 |
| 出勤日数(分子) | 110日(100+10) |
| 出勤率 | 約68.8% |
| 結果 | 8割未満のため有給付与なし |
⚠️ 注意:この計算例でも8割未満となりましたが、休職期間が短い場合や休職以外の期間の出勤率が高い場合は、パターン②の方が8割を超えやすくなります。
2-4. 自社がどちらのパターンか確認する方法
休職期間の扱いは企業によって異なるため、以下の方法で確認しましょう。
- 就業規則を確認する
「休職」「年次有給休暇」「出勤率」の項目を確認 - 人事部・総務部に問い合わせる
「私傷病休職期間は出勤率の計算に含まれますか?」と直接確認 - 過去の事例を確認する
同僚などで休職後に有給が付与された事例があるか
3. 労災・産育休は「出勤したもの」とみなされる
また一部のサイトでは、労働基準法第39条第10項で明確に「出勤したものとみなす」と定められているものがあります。
3-1. 出勤したものとみなされる期間
- 業務上の負傷・疾病により療養のため休業した日(労災)
- 産前産後休業を取得した日
- 育児休業・介護休業を取得した日
これらは労働者の正当な権利行使であるため、出勤率の計算上は有利に扱われます。
【重要な違い】私傷病休職 vs 労災休業
| 項目 | 私傷病休職 | 労災休業 |
|---|---|---|
| 原因 | 業務外の病気・ケガ | 業務上の負傷・疾病 |
| 出勤率への影響 | 企業の規定による | 出勤したものとみなす |
| 法的根拠 | なし(企業の任意制度) | 労働基準法第39条第10項 |
4. 【ケース別】休職時の有給付与シミュレーション
4-1. ケース①:6ヶ月のうち2ヶ月休職した場合
前提条件:
- 所定労働日数:240日/年(月20日×12ヶ月)
- 算定期間:240日
- 実際の出勤日数:160日
- 有給休暇取得日:10日
- 私傷病休職期間:60日
パターン①(欠勤扱い)の場合
- 出勤日数(分子):170日(160+10)
- 全労働日(分母):240日
- 出勤率:約70.8%
- 結果:8割未満のため有給付与なし
パターン②(除外扱い)の場合
- 出勤日数(分子):170日(160+10)
- 全労働日(分母):180日(240-60)
- 出勤率:約94.4%
- 結果:8割以上のため有給付与あり
4-2. ケース②:休職後に復職し、次の算定期間で8割出勤した場合
重要なポイントは、出勤率が8割に満たず付与がなかった年があっても、継続勤務年数はリセットされないということです。
具体例:
- 入社6ヶ月後:出勤率8割以上 → 10日付与
- 1年6ヶ月後:出勤率8割未満(休職のため) → 付与なし
- 2年6ヶ月後:出勤率8割以上 → 12日付与(11日ではない)
つまり、1年間ブランクがあっても、勤続年数は通算されるため、2年6ヶ月時点での付与日数(12日)が適用されます。
5. 休職中に有給休暇は使える?消化できる?
5-1. 休職中は有給休暇を消化できない
結論:休職中は有給休暇を取得できません。
理由は、有給休暇は「労働義務がある日」を対象に、その労働義務を免除するものだからです。休職中は労働義務自体が免除されているため、有給休暇を請求する余地がありません。
労働基準法第39条では、「使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して(中略)有給休暇を与えなければならない」と定めており、「労働日」に対する休暇であることが明確です。
5-2. 休職前・休職後の有給消化は可能
休職中は有給を使えませんが、休職前や復職後は通常通り有給休暇を取得できます。
休職前に有給を使うメリット:
- 給与が全額支給される
- 休める期間が実質的に延びる
- 経済的な不安が軽減される
⚠️ 注意:ただし、会社は従業員に対して休職前の有給取得を強要することはできません。有給休暇の取得は労働者の権利であり、本人の請求によって与えられるものです。
5-3. 休職中に有給の時効が来たら?
有給休暇には2年間の時効があります。休職中であっても時効は進行するため、注意が必要です。
例:
- 2023年4月1日:有給休暇10日付与
- 2023年10月1日:休職開始
- 2025年3月31日:時効到来
この場合、2025年3月31日までに有給を消化しないと権利が消滅します。休職前に時効が近い有給がないか確認しましょう。
6. うつ病・メンタル疾患での休職と有給付与
6-1. メンタル不調による休職は私傷病扱い
うつ病や適応障害などのメンタル不調による休職も、基本的には私傷病休職として扱われます。
ただし、業務上の原因(長時間労働、パワハラなど)でメンタル不調になった場合は、労災認定を受けられる可能性があります。労災認定されれば、休業期間は「出勤したものとみなす」扱いになります。
私傷病 vs 労災の判断基準
| 分類 | 具体例 | 出勤率の扱い |
|---|---|---|
| 私傷病 | プライベートのストレス、家庭の事情など業務外の要因 | 企業の規定による |
| 労災 | 長時間労働、パワハラ、過重労働など業務上の要因 | 出勤したものとみなす |
6-2. 傷病手当金の活用
メンタル不調で休職する場合、傷病手当金を活用することで経済的な不安を軽減できます。
傷病手当金の概要:
- 支給額:給与の約2/3(正確には標準報酬日額の2/3)
- 支給期間:通算して最長1年6ヶ月
- 対象:健康保険に加入している会社員・公務員
- 条件:業務外の病気・ケガで4日以上働けない状態
💡 ポイント:傷病手当金は有給休暇の付与とは別の制度です。休職中に有給が付与されなくても、傷病手当金を受給することで生活を維持できます。
7. 公務員の休職と有給付与(特殊ケース)
7-1. 公務員の病気休暇制度
公務員には民間企業とは異なる「病気休暇」という制度があります。
病気休暇の特徴:
- 期間:最大90日間
- 給与:100%支給(全額保証)
- 取得条件:医師の診断書が必要(1週間以上の場合)
病気休暇は有給休暇とは別の特別休暇として扱われます。
7-2. 公務員の休職制度
病気休暇90日間を使い切っても復職できない場合、休職に移行します。
公務員の休職条件:
- 期間:最長3年(通算)
- 給与(1年目):給料の80%支給
- 給与(2年目以降):無給だが、傷病手当金(給与の2/3)が支給される
7-3. 公務員の有給休暇付与ルール
公務員も基本的には民間企業と同様、出勤率8割要件が適用されます。ただし、各自治体の条例によって細かな運用が異なる場合があります。
8. 企業・人事担当者が知っておくべき実務ポイント
8-1. 就業規則への明記が必須
「休職期間については分母と分子を『△』とせざるを得ない」状況があり、企業が就業規則で明確に定めることが重要とされています。
就業規則に明記すべき内容:
- 私傷病休職期間の出勤率算定方法
- 育児休業・介護休業の扱い
- その他の休職・休業の扱い
8-2. 法定を上回る措置も可能
労働基準法は最低基準を定めているだけです。企業が法定を上回る措置を講じることは何ら問題ありません。
法定を上回る措置の例:
- 休職期間を出勤したものとみなす
- 出勤率8割未満でも一定日数の有給を付与する
- 長期雇用のインセンティブとして独自の基準を設ける
8-3. トラブル防止のためのコミュニケーション
休職する従業員に対しては、事前に以下の点を丁寧に説明しましょう。
- 休職期間と給与・手当の扱い
- 出勤率の計算方法と有給付与への影響
- 傷病手当金などの公的給付制度
- 復職の条件と手続き
- 社会保険料の支払い方法
9. よくある質問(FAQ)
Q1. 休職したら絶対に有給はもらえないの?
A. いいえ、企業の就業規則によります。休職期間を出勤率の計算から除外する規定がある場合、休職期間以外で8割以上出勤していれば有給が付与される可能性があります。
Q2. 休職期間が短ければ有給は付与される?
A. 可能性はあります。算定期間全体で8割以上の出勤率を満たせば有給が付与されます。休職期間が1〜2ヶ月程度で、その他の期間はしっかり出勤していれば8割を超えることもあります。
Q3. 復職後すぐに有給は使える?
A. はい、復職後は通常通り有給休暇を使用できます。ただし、既に付与されている有給がある場合に限ります。
Q4. 休職を繰り返したらどうなる?
A. 各算定期間ごとに出勤率8割を満たしているかで判断されます。繰り返し休職しても、それぞれの期間で8割以上出勤していれば有給は付与されます。
Q5. 派遣社員やパートでも同じルール?
A. 基本的には同じです。ただし、パート・アルバイトの場合は「比例付与」が適用され、所定労働日数に応じた日数が付与されます。
Q6. 育児休業は休職扱い?
A. 育児休業は休職とは別の制度で、出勤したものとみなされます。育児休業を取得しても有給休暇の付与に不利な影響はありません。
Q7. 会社が休職期間を欠勤扱いするのは違法?
A. いいえ、違法ではありません。休職期間の扱いは企業が就業規則で定められるため、欠勤扱いとすることも違法ではありません。
10. まとめ:休職と有給付与で押さえるべき3つのポイント
ポイント1:休職期間の扱いは企業の就業規則次第
法律で明確な定めがないため、必ず自社の就業規則を確認しましょう。不明な点は人事部に問い合わせることが重要です。
ポイント2:出勤率8割未満でも継続勤務年数はリセットされない
ある年度で有給が付与されなくても、次の算定期間で8割以上出勤すれば、勤続年数に応じた日数が付与されます。
ポイント3:傷病手当金などの公的支援制度を活用する
有給が付与されなくても、傷病手当金を受給することで経済的な不安を軽減できます。休職前に申請方法を確認しておきましょう。
休職前にチェックすべき3つのこと
- 就業規則の休職規定
休職期間、給与の有無、出勤率の計算方法を確認 - 有給休暇の残日数と時効
時効が近い有給がないか、休職前に使うべきか検討 - 傷病手当金の申請方法
加入している健康保険組合への申請手続きを確認
💡 最後に:休職は決して恥ずかしいことではありません。心身の健康を取り戻すための正当な権利です。不安なことがあれば、人事部や社会保険労務士に相談し、適切な支援を受けながら療養に専念してください。



